2009年3月24日火曜日

夏目漱石の「坑夫」と諏訪内晶子のチャイコフスキー、メンデルスゾーンのヴァイオリン・コンチェルト

今日は月に1度の読書会の日でした。今回は夏目漱石の「坑夫」を読みました。「坑夫」は漱石の作品の中では不人気で、評価もされていません。しかし、漱石の文学を考える上では重要な作品だと思います。この小説で主人公は自分の心理を徹底的に分析し、「てんで性格なんてものはない・・・人間は妙に纏めにくいものだ。」と言います。人間とは、その時々の心理によって動かされる、曖昧な存在であると主張しているのです。このような、謂わば、心理主義は、漱石が英国に留学していた、20世紀初頭の英国の文化的思潮の中に位置づけることが出来ます。当時の新しい英文学は、人間を心理的な存在と位置づけながら、やがて、意識としての個我の曖昧性を問題にせざるを得なくなります。漱石はこの潮流を確実に認識していました。そして、漱石の文学の根底には一貫してこの自我の問題が流れています。そしてこの作品はその出発点として重要な意味を持ちます。
 漱石の「坑夫」と諏訪内晶子には如何なる関係があるのでしょうか?一見全く関係ないように見えますが、本当に関係ありません。ただ「坑夫」を読んでいるうちに、久しぶりに聴きたくなって、聴いていると言うに過ぎません。そこに如何なる心理の働きがあるのか、人間とは分からないものです。 
 今日はこれからちょっとお街に出ます。ついでに、ヤマハに立ち寄ってブラームスのヴァイオリン・ソナタの楽譜を購入致したいと思います。

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