本日は2限・3限に授業があり、昼食を戴く時間がございませんので、これで済ませます。
土曜日にちょっと博多に行って参りました。昼食は天神で三越のアフタヌーン・ティーに入り、パスタを戴きました。
パスタは「揚げなす・ベーコンのスパゲティー」、デザートはチーズケーキです。それから、ちょうどアクロスの会員カードの有効期限が切れる頃でしたので、立ち寄って更新して参りました。兵庫県立芸術文化センターやザ・シンフォニー・ホールは会費が無料ですが、アクロスは年会費3000円です。
博多の街を一人で歩くのは初めてでした。何時も福岡に住む友人が一緒だったからです。今回は、私もお仕事がらみですけれど、丁度友人もお仕事で他所に出ており、入れ違いになりました。一人で街を歩くのは何時ものことですが、博多では初めてだったので、とても寂しく感じました。変なものですね。
そのせいか、夜ホテルで変な夢を見ました。小学校の低学年の頃、近所の2年上のお姉さんとよく遊んでいました。その方の家は和風の家で、門から敷石を踏んで玄関に入ります。玄関右手には紫陽花が植えてあり、梅雨時は鮮やかな紫色の花が咲きます。夢の中では、そのお姉さんの後をついて家に入ります。それだけの夢です。ホテルのベッドで眼を覚ますと、お姉さんの脹ら脛と紫陽花の紫色の花がクッキリと目に焼き付いています。そのお姉さんは中学校は別でしたので、その後殆ど遭うことはなくなりました。そして、お姉さんの家は何時のまにか、その周辺の家や空き地と共になくなり、大きなマンションになりました。今、何処に住んでいらっしゃるのかも分かりません。ベッドの中で、もうお姉さんの家はないのだと言うことがとても寂しく感じました。実際には、頭の中に 'irrevocable' (呼び戻せない)と言う言葉を思い浮かべ、何だか大きな喪失感に襲われました。あの紫陽花の咲く家も、お姉さんの脹ら脛も、もう 'irrevocable' なのだと。
昨夜、ETV特集でカズオ・イシグロが取り上げられていました。その中で、彼は記憶やノスタルジーを大切にしていると仰っていました。私はカズオ・イシグロの小説は殆ど読んでいますけれど、確かに彼の作品からはそのことを明確に感じ取ることが出来ます。
インタヴューは日本人と話すときも全て英語でした。多分、日本語はもう話せなくなっているのだと思います。イシグロ氏は5歳まで長崎で育ち、その後はずっと英国で暮らしていらっしゃいます。日本語すら忘れてしまったイシグロ氏にとって日本で過ごした子供の頃の記憶とは一体どのようなものなのでしょうか?彼にとってはもう50年以上前のことであり、もし帰られてもすっかり変わって仕舞っていると思います。彼にとって、その頃のことは彼の記憶の中にしか存在しなくなっているのだと思います。
そうやって私たちも、歳経るにつれ、色んなものを失って行き、それらは私たちの記憶の中にのみ生き残る ー そんな風になって行くのだと思います。とても寂しく感じますが、そのような意味で記憶は大切にして行きたいと思います。
もう授業に行かなくては!授業の後は嫌な会議があります。それが終わってから続きを書くことに致します。
帰って参りました。お仕事を再開する前に少しお休み致します。本日の音楽は諏訪内晶子「メロディー」に致します。実は土曜日にちょっとヤマハに立ち寄り、ラフマニノフ「ヴォカリーズ」やドヴォルザーク「4つのロマンティックな小品」のピアノ伴奏のCDが入った楽譜を買って参りました。お仕事が終わったらそのCDの伴奏に合わせて弾いてみようと思います。
以前は諏訪内さんの演奏が YouTube にあったのですが、今は削除されてありません。仕方ないので宮本笑里の演奏を貼っておきます。諏訪内さんと宮本さんとではまだ格が違うと言う感じが致します。
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